太宰治と三鷹

今年(2009年)は太宰治の生誕百年ということで、ゆかりの地でさまざまなイベントが企画されていますが、その中でも太宰が晩年を過ごした三鷹一帯は盛り上がりを見せているようですね。太宰の命日である6月13日に、三鷹禅林寺の太宰の墓に参拝しました。

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玉川上水に入水した太宰治と山崎富栄の遺体が発見されたのは昭和23年6月19日。この日は奇しくも太宰の誕生日だということで、毎年、太宰に縁のある友人知人が6月19日に禅林寺に集まるようになり、今ではこの日が桜桃忌として有名になりました。実際に入水したのは6月13日と言われていますので、命日は13日ということになるのでしょうが、誕生日が忌日というのも、自らの生涯をさまざまな形で演出してきた太宰らしい、と言えるかもしれません。

この日、時間が遅かったせいもあるのでしょうが、他に訪れる人もなく、墓地はひっそりとしていました。ただ、太宰の墓前だけは真新しいひまわりや白百合の献花がまぶしく、太宰がすこし照れているようにも感じられました。

下の写真で、左に見えるのは津島家の墓、右が太宰の墓です。
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本堂脇の案内板には、墓地の中の、太宰の墓の位置が記されています。
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さて、太宰治は切手にはとりあげられていませんが、三鷹下連雀四郵便局の風景印に、太宰の姿が描かれています。下連雀四郵便局は禅林寺の山門入り口脇のビルの一階にあります。6月13日は土曜日で局の窓口は閉まっていましたので、風景印をとるために、夏休みの平日に再訪しました。

下は、風景印にも描かれている禅林寺の山門。
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風景印には、禅林寺の山門とトンビ姿の太宰、そして森鴎外の姿がデザインされています。禅林寺には、森林太郎、すなわち鴎外の墓もあります。鴎外の墓は、太宰の墓の向かいに建っています(下の写真)。
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三鷹には、他にも随所に太宰ゆかりのスポットが残されていますが、また機会を見て紹介したいと思います。

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  • 桜桃忌と三鷹

    Excerpt: 去る6月19日は、太宰治の命日、桜桃忌でした。 Weblog: 切手と文学 racked: 2010-07-09 05:57