石川啄木と釧路

1908年1月21日、石川啄木は釧路新聞社の記者として、はじめて釧路を訪れました。

釧路郵便局の風景印には、釧路のシンボルとも言える幣舞橋とともに、啄木の歌碑が描かれています。

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しらしらと氷かがやき
千鳥なく
釧路の海の冬の月かな

この歌碑は、市内や釧路港を見渡せる米町公園にあります。釧路短歌会により、啄木生誕50周年を記念して昭和9年12月に建てられました。北海道には数多くの啄木歌碑がありますが、その中でも最も早く建立された歌碑です。歌を選んだのは土岐善麿と言われています。

ところで、啄木はいつ、千鳥を見たのでしょうか。明治41年(1908年)3月17日の啄木日記には、以下のような記述があります。

・・・二人が帰るといふので、門口まで送ると、戸外には霜かと冴ゆる月の影、ウツカリ下駄をつツかけて出た。心地がよい。誰の発議ともなく、此間の晩の浜へ行つた。汐が引いて居て砂が氷つて居る。海は矢張静かだ。月は明るい。氷れる砂の上を歩いて知人岬の下の方まで行くと千鳥が啼いた。生れて初めて千鳥を聞いた。千鳥!千鳥!月影が鳴くのか、千鳥の声が照るのか!頻りに鳴く。彼処でも此方でも鳴く。氷れる砂の上に三人の影法師は黒かつた。


この風景印が押されているのは、郵船フェリーのエコーはがきです。

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郵船フェリーは、1999年まで「サブリナ」「ブルーゼファー」という二隻の貨客フェリーが、東京と釧路間を結んでいました。現在は採算があわないため、旅客営業は行なっていませんが、このフェリーで北海道旅行に出かけた思い出をお持ちの方も多いのではないでしょうか。

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