松山の「愚陀仏庵」がもとあった場所

先日、土砂に流されて全壊した、松山の愚陀仏庵。ブログにも書きましたが、全壊したのは、もともとあった場所から少し離れた山の中腹に復元された建物でした。

http://ikezawa.at.webry.info/201007/article_7.html

元来、愚陀仏庵は、もっと市街地に位置する場所にありました。6年前に松山を取材した折、この愚陀仏庵跡を訪れると、駐車場になっていました。当時の写真を紹介しましょう。

駐車場の前に、漱石がかつて暮らしていたことを示す標識が立っていました。

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石碑には、「夏目漱石仮寓 愚陀仏庵址」とあります。

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標識には、正面に「夏目漱石の寓居・愚陀仏庵の跡」、側面には、「夏目漱石が松山中学校教師時代に下宿した上野家で、子規は明治二八年八月から十月まで、ともに暮らした。日本近代文学の革新の契機となった若き日の二大文豪同居の跡である。」とあります。

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駐車場の名前は、その名もずばり「愚陀仏庵」。看板には漱石と子規の顔写真がデザインされており、二人のゆかりの地が、まったくその痕跡を失ってしまうよりは、まだましなのかな、と思ってしまいます。

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40分100円という料金設定、東京の相場と比べれば、相当安い部類ですね。

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今回紹介した写真は、2004年7月23日に撮影したものです。現在はどのような光景に変わっているのか、気になります。

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