島崎藤村の墓探訪

最近、島崎藤村の墓が我が家から意外と近くにあることがわかり、先日訪問してきました。

近所と言っても、車で30分ほどの場所、JR大磯駅の近くです。6月28日から新湘南バイパスの無料化実験が始まったので、平塚大磯方面に出るのに、気軽に高速が使えるようになりました。

島崎藤村は、昭和16年1月に東京の本宅と別に、大磯に別宅を構えました。最初は借家だったようです。しばらくは本宅と別宅を往復する生活を送っていたようですが、翌17年8月には大磯の邸宅を購入。ここが終の棲家となりました。

昭和18年8月21日、藤村は脳溢血に倒れ、翌22日に亡くなりました。最後の言葉は、「涼しい風だね」という一言だったと伝えられています。

さて、藤村の墓は、その邸宅に程近い、地福寺というお寺にあります。

国道一号線沿いにある、明治11年創業の井上蒲鉾店ではんぺんを購入し、寺の場所を尋ねてみました。お店から徒歩数分のところにある消防署の、向かいの小道を入ったところが地福寺ということでした。寺には駐車場がないので、お店に車を置かせてもらい、徒歩で向かいました。

地福寺の山門です。

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国道一号線から山門に至る道には、左手にこのような表示板があるのですぐわかります。

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本堂の右手に広がる墓地の中を歩いてみました。一通り探し歩いたのですが、藤村の墓は見当たりません。あきらめかけて本堂の前に戻ると、白い玉砂利を敷き詰め、低い石塀で囲まれた一区画が山門の左手に見えました。もしやと思ってよくみると、細長い石に、島崎藤村之墓と刻んでありました。ここが藤村の墓でした。

下は本堂。この左手に、藤村の墓はありました。

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梅の大木に守られるように、ひっそりとたたずむ墓石。設計は、谷口吉郎。墓石というより、「○○跡」といった、何かの建物の跡に建っているような記念碑のように、ほっそりとしたモダンなデザインです。

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墓石の文字「島崎藤村之墓」は、有島生馬の筆です。

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島崎藤村は、57歳の時、24歳年下の女性、加藤静子と再婚しました。静子は、藤村自身が編集に携わっていた婦人雑誌『処女地』の同人でした。この静子の墓が、藤村の墓のそばに建っています。藤村と並んで埋葬してほしい、というのが静子の願いだったといいます。

左手に見えるのが、静子の墓です。

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藤村の墓に似せたデザインですが、囲いが小ぶりになっています。

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さて、一号線沿いには、東海道をゆく旅人に愛された古くからの老舗が点在しています。地福寺のそばにある和菓子屋「新杵」もそんな老舗の一つ。創業は明治24年とのこと。よく見ると、「大磯 歴史と味の散歩道」というレトロな看板が、掲げられていました。名物の虎子饅頭と西行饅頭は、島崎藤村や吉田茂にも愛されてきたとか。今回は営業時間(16時まで)を過ぎていたので店には入れませんでしたが、次回はぜひ訪れたいお店です。

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ふと足元を見ると、マンホールのふたにも、大磯らしい、海と松並木の景色がデザインされていました。

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下が、車を置かせてもらった、井上蒲鉾店。ありがとうございました。

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ところで、この井上蒲鉾店のサイトには、藤村邸ほか、大磯の文化財などを紹介したページがあり、参考になります。

http://www.oiso-inoue.com/tosontei.html

今回は、時間の関係で島崎藤村邸には足を延ばせませんでしたので、近いうちに改めて大磯を訪れたいと思っています。

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  • 島崎藤村の旧居探訪 大磯編(2)

    Excerpt: 前回に引き続き、大磯にある島崎藤村の旧居を紹介したいと思います。今回は、建物と庭を見ていきましょう。 Weblog: 切手と文学 racked: 2010-11-29 06:57