映画『沈まぬ太陽』に登場する手紙(1)

2009年に映画化された山崎豊子の大作『沈まぬ太陽』。数ヶ月前にテレビでも放映されたので、ごらんになった方も多いのではないかと思いますが、細部にわたってリアリティあふれる描写がちりばめられ、目を奪われました。

その映画に、いくつか手紙が登場しますので、検証してみたいと思います。

渡辺謙演じる主人公の恩地元は、パキスタンのカラチ、イランのテヘラン、そしてケニアのナイロビと海外勤務を重ねます。カラチには家族を同行していった恩地でしたが、ナイロビは単身赴任となります。

ナイロビで孤独な単身生活を送る恩地のもとに、日本にいる娘から手紙が届きます。画面一番上のエアメールが、娘からの手紙です。

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残念ながら、画面では手紙の裏面だけが見えており、表にどのような切手が貼ってあったのかわからないのですが、その手紙の下に見える小包などは、どうやらケニアの国内便。ケニアの切手らしきものが貼ってあります。

さて、ケニアでの恩地の任務は、自身の勤める国民航空(NAL)のナイロビへの就航を実現すべく現地で交渉を重ねることでしたが、ある日、ケニア政府との航空交渉を打ち切ることが取締役会で決定した旨を、本社側は一方的にテレックスで恩地に伝えてきます。それまでの恩地の努力は無に帰することとなり、恩地はそのテレックスを読むとまるめてゴミ箱に放り込みますが、そのごみ箱に、日本切手を貼った手紙が、はっきり見えます。

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丸められたエアメールの封筒に、1968年5月1日に発行された、中尊寺金色堂をデザインした30円切手が、少なくとも4枚、貼られているのがわかります。

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日本から外国宛の郵便物の料金は、相手の国によって異なり、1959(昭和34)年以降は郵便料金体系が以下のように大きく三つの地域に区分されて設定されています。

すなわち、アジアは第一地帯、オセアニア、北米、中米、中近東、ヨーロッパが第二地帯、アフリカ、南米は第三地帯になります(ちなみに、平成6年1月24日以前は、ヨーロッパは第三地帯でした)。

さて、恩地がナイロビに赴任していたのは、1969年3月31日から4年間という設定です。この間、1972年7月1日に料金改定が行われていますが、仮にこのシーンが1972年7月1日以降のものとすると、当時第三地帯宛ての封書は10グラムまで100円、以降、10グラムを越えるごとに90円となっています。

画面に映った封書を見てみると、30円切手が4枚は貼ってありますので、120円以上の金額が必要だった郵便物ということになります。つまり、最低でも20グラムの書状ということです。20グラムの場合の日本からケニア宛ての郵便料金は190円となります。この30円切手の脇には、能面の70円切手あたりが貼ってあったのかもしれません。

さて、次回は、同じ『沈まぬ太陽』から、もう一通の手紙を取り上げてみたいと思います。

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