「遠藤周作展」を見てきました

神奈川近代文学館で開催中の「没後15年 遠藤周作展」を見てきました。

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JR石川町の駅前にもポスターが掲示されていました。

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遠藤周作の作品自体は、実はあまり読んだことがないのですが、今回の展示では交流のあった作家とやりとりした直筆書簡が比較的多く展示されており、興味深く参観しました。展示品の書簡の中から、いくつか気になったものを紹介したいと思います。

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まずは、このたび新たに発見された、堀田善衛あての書簡および葉書31通。4月19日の朝日新聞でも報じられましたが、慶大仏文科の先輩であった芥川賞作家、堀田との交流がわかる貴重な資料。神奈川近代文学館に寄贈されていた堀田善衛関連資料の中から見つかったとのこと。

http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY201104190137.html

まだ新しい時代の作家については、こうした未発見の書簡などは、まだいくらでも埋もれていそうですね。

他に、堀辰雄から周作にあてて差し出されたはがきもありました。消印は1944年2月25日。周作が辰雄に面会を求めたのでしょう。初めて会う周作に対する堀辰雄の返事はこんな感じです。「こんどの土曜から日曜にかけてちょっと旅行に出て留守にします。またその次の日曜も所用のため留守、それですから、その間の平日の午後にでもいらしてください」。今であれば電話やメールですむ話も、作家同士がこうしてはがきでやりとりしていた余裕のあった時代であることを感じさせます(もっとも、1944年という年は、日本は決して余裕のある時代ではありませんでしたが)。

遠藤周作は1943年に慶應義塾大学文学部予科に入学し、カトリック学生寮の舎監をしていた哲学者・古満義彦に堀辰雄を紹介されました。堀辰雄が抱いていた、西洋の神が日本人にとって魂の故郷となりうるのか、という問いに、遠藤も触発されました。一時期、周作は月に一度は堀辰雄を訪れていたといいますから、魂相通ずるところがあったのでしょう。そういった交流のきっかけになった一枚のはがきには、大きな運命が隠されているようにも見えます。

有島生馬の娘であった有島暁子から遠藤に宛てて差し出されたクリスマスカードもありました。遠藤家と有島家とは家族ぐるみの交流があり、暁子はフランスへの留学を控えた周作にダンスやマナーを教えたといいます。

1949年11月8日に、原民喜から周作に宛てて差し出された書簡。切手に興味のあるむきには、そこに貼られている切手に目がいってしまいますが、この書簡には、水沢緯度観測所をデザインした緯度観測所50年記念の切手(1949年10月30日発行)が貼られていました。発行後1週間ですから、郵便局の窓口でも普通に購入できたものでしょうが、普通切手ではなくこの記念切手をあえて選んだ(かもしれない)、作家の意図に思いを馳せてみるのも面白いものです。原は、遠藤周作にとって三田文学の先輩でしたが、周作が戦後初の国費留学生としてフランスへ旅立つ日に、港に見送りにきた唯一の友人が原民喜だったと言いますから、その交友の深さが伺えます。原民喜はこの書簡のやりとりから1年半後、1951年3月13日に国鉄中央線の吉祥寺~西荻窪駅間で鉄道自殺を遂げてしまいました。

そして、今回もっとも興味深かったのは、周作がフランスから澁澤龍彦にあてた絵葉書。1960年1月23日の消印で、絵葉書のデザインはサドの居城の写真です。

1959年11月、遠藤周作は留学以来続けてきたマルキ・ド・サドの研究のためフランスに渡ります。澁澤龍彦は同じフランス文学仲間で、遠藤の五歳年下でした。澁澤が1953年に東大仏文科を卒業する際にまとめた卒論は『サドの現代性』。その後、サドの翻訳を次々に発表していた澁澤に宛てて、遠藤周作が出した葉書ですが、よく見ると宛名が消してあって、「大田区馬込×××三島由紀夫様」とあります。

澁澤の住所を控えてくるのを忘れたため、三島由紀夫宛に送り、文面に以下のように書き添えたのです。当時活躍していた作家たちの交友が垣間見える、面白い一通ですね。

「三島由紀夫様 まことに恐縮ですが、この葉書、澁澤龍彦兄にお会いの節、お渡しいただけませんか。」

澁澤あての本文には、以下のようにありました。

「・・・この裏の写真が、ラコストのサドの城、貴兄のことを城にのぼり、しみじみ考えました。石を一つ、君のためにおみやげに持ってかえります。・・・」

遠藤周作がサド居城から記念に持ち帰った石が無事澁澤のコレクションに収まったのかどうか、気になるところです。

今回の展示のために作成された図録をミュージアムショップで900円で購入しましたが、これらの書簡については本文や封筒などがすべて図版として紹介されてはいませんでした。図録のスペース上の問題もあるでしょうが、プライバシーに関わる書簡を永久に残る図録に採録するのは消極的にならざるを得ない面もあるのかもしれません。そういった意味でも、こうした展示会で書簡の実物を見る機会は大切だと思います。

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書簡以外にも多くの原稿、草稿が展示されていました。ゴマ粒のような字でびっしり埋められた草稿を見ていると、作家のただならぬエネルギーが伝わってきます。

文学館からの帰宅途中、外人墓地のわきを歩きました。彼方にはランドマークタワーがそびえています。
キリスト教の受難についていろいろ生々しい展示を見た後だけに、外人墓地に建つ十字架がなんとなく切なく見えてしまいました。

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