サン=テグジュペリ最後の飛行

昨日、7月31日は、サン=テグジュペリがコルシカ島の空軍基地から飛び立ち、任務中に消息を絶った日でした。第二次大戦の終焉まで一年足らずの1944年のことです。今日はそれにちなんで、サン=テグジュペリを題材とした切手を紹介しましょう。

画像


凹版の単色刷り版画に、1970年9月19日に発行されたフランスの航空切手を2枚貼り、初日印を押印したものです。切手の図案には、コンコルド機を中心に、左にメルモーズ、右にサン=テグジュペリの肖像が描かれています。サン=テグジュペリが被っている帽子は、最後の出撃当時、彼が所属してたフランス空軍飛行中隊のものです。

1944年7月31日午前8時45分、サン=テグジュペリは、当時ドイツ占領下にあった南フランスの偵察飛行(グルノーブル~アヌシー上空からの写真撮影)の任務を帯びて、コルシカ島バスティアのボルゴ飛行場から飛び立ちました。サン=テグジュペリが搭乗していたのは、ライトニングP38F-5B223機。機関銃のかわりにカメラを搭載した偵察専用の機体でした。帰還予定時刻は12時35分から13時。しかし、14時30分を過ぎても、操縦室にいるはずのサン=テグジュペリからの無線連絡はありませんでした。この時点で、すでに燃料は尽きていると想定されていました。15時30分、アメリカ軍の情報将校は「パイロット帰還せず。消息を絶ったものと推測される。機影なし。」と書類に書き込みサインをしました。この日、サン=テグジュペリは永遠に我々の前から姿を消したのです。

押されている消印の地名「AUBENTON」は、メルモーズが生まれた町です。

メルモーズ(JEAN MERMOZ,1901-1936)は、1930年にそれまでは困難と思われていた南大西洋横断飛行を成功させた飛行士でした。サン=テグジュペリが勤めていたラテコエール社の先輩にあたり、サン=テグジュペリとは、トゥールーズ~ダカール間の郵便飛行ルートを開拓した仲間です。メルモーズは8回にわたる南大西洋横断を成功させますが、1936年12月7日、飛行艇「南十字星号」で南大西洋横断飛行中に消息を絶ちました。サン=テグジュペリは、メルモーズの活躍とその最期をドキュメンタリー小説『人間の大地』に書いています。

台紙に刷られた版画部分を拡大してみましょう。

画像


切手の題材と同じく、メルモーズとサン=テグジュペリ、そして背景には二人が開拓したアフリカ~南米航路の地図が描かれています。このまま切手にしても十分通用しそうなデザインです。

画像ではわかりずらいのですが、台紙の上部には、EPREUVE D'ARTISTという文字と、版画の工房のマークが型押しされています。一般に、オリジナル版画の作家保存版のことを、英語ではA.P.(Artist Proof)、フランス語ではE.A.(Epreuve de Artist)と呼んでいますが、切手の世界では、原画を彫刻した作家が切手図案に関連したオリジナルの作品を刷ったものをこう呼んでいるようです。フランス切手ではよく見られます。切手とはまた一味違った趣のある版画が楽しめます。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのトラックバック