漱石の入浴シーン?道後温泉の絵はがき

 明治28年4月、夏目漱石は愛媛県松山尋常中学校の英語教師として松山に赴任し、翌年熊本に移るまでの一年をこの城下町で過ごしました。明治39年に「ホトトギス」誌上に発表された小説『坊っちゃん』は、この時の教師体験を下敷きとしたものです。松山の道後温泉には漱石もたびたび通ったことでしょう。小説にも、主人公が温泉に入るシーンが登場します。

「湯壷は花崗岩を畳み上げて、十五畳敷きくらいの広さに仕切ってある。大抵は十三四人漬かってるがたまには誰も居ないことがある。深さは立って乳の辺まであるから、運動の為めに、湯の中を泳ぐのは中々愉快だ。おれは人の居ないのを見済しては十五畳の湯壷を泳ぎ巡って喜んでいた。」(『坊っちゃん』(三)より)

 さて、この「立ったまま入る」「泳げるくらい広い」湯船はどのようなものだったのでしょうか。

 2004年7月、とある夏のイベントで漱石関連の企画展示を開催することになり、その取材を兼ねて松山を散策しました。道後温泉本館を訪れたのはその時が最初です。この本館の完成は漱石が松山に赴任した前年のこと。漱石が眺めた建物がそのまま残されているというのは嬉しいものです。ちなみに、『坊っちゃん』では道後温泉が「住田の温泉」という名称で登場します。一階の湯船「神の湯」に入ると、確かにプールのように深く、泳いでみたくなるのも少しわかる気がしました。

手元に、道後温泉の男湯を撮影した絵はがきがあるので紹介しましょう。

画像


キャプションには「伊予道後温泉男入浴場」とあります。この写真がいつ撮影されたものかは不明ですが、この葉書は松山に旅行した人が実際に郵便で差し出しており、表には大正14年の消印がありましたので、大正時代に撮影されたものではないかと思われます。

画像


四人の男性が湯船に浸かっています。特徴のある円柱状の湯口には、何やら漢詩のような文字が刻まれています。確か私が入った時も同様の円柱があったように記憶しています。浴室の中の撮影で、カメラのレンズが曇らなかったのかどうか心配になりますが、男湯があれば、女湯の絵はがきもあるのでは、とふと気になりました。

ところで、左から二人目の男性、口ひげや首の傾げ具合など、何となく漱石に似ていると思いませんか。



私説夏目漱石松山日記
楽天ブックス
坊っちゃん行状記 石井由彦 文芸社発行年月:2002年10月15日 予約締切日:2002年10月08

楽天市場 by 私説夏目漱石松山日記 の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル

アトラス出版 漱石と松山 中村 英利子?子規から始まった松山との深い関わり?
ナジャ工房
本書の特徴  夏目漱石と松山との関係といえば、言うまでもなく、彼が松山中学の英語教師として一年足らず

楽天市場 by アトラス出版 漱石と松山 中村 英利子?子規から始まった松山との深い関わり? の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのトラックバック

  • 道後温泉の女湯

    Excerpt: 先日のブログで、漱石も足しげく通った道後温泉の男湯の絵はがきを紹介しましたが(http://ikezawa.at.webry.info/201108/article_10.html)、手元のコレクショ.. Weblog: 切手と文学 racked: 2011-09-07 08:09