仙台と島崎藤村(1)

8月6日から8日まで、仙台では大規模な七夕が開催されました。仙台と言えば、24歳の島崎藤村が単身赴任で一年ほど滞在していたことがあります。藤村が下宿していたのは、仙台駅とは目と鼻の先。現在、建物の痕跡はありませんが、以前訪問した際に、駅前のあちこちで藤村の名前を見ることができたので紹介いたしましょう。

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仙台駅東口を出て、ロータリーを北に向かって進むと、ビルに囲まれた通りが見えてきます。藤村の詩「初恋」にちなんで、「初恋通り」と呼ばれているようです。通りの入り口には、「島崎藤村・青春の地 名掛丁」と刻んだ碑が建っていました。通りには、同じく「島崎藤村・青春の地 名掛丁」と記した旗も下がっています。

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初恋通りの碑には「初恋」の一節が刻まれていました。

「やさしく白き手をのべて
林檎をわれにあたへしは
薄紅の秋の実に
人こひ初めしはじめなり」

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明治29年9月、前年に明治女学校を退職した島崎藤村は、東北学院の作文教師として仙台に単身赴任しました。当時、駅前には「三浦屋」という下宿を兼ねた宿屋があり、藤村はそこで寝起きして教壇に立つ傍ら、創作活動にふけります。仙台に赴任した9月には、早くも「文学界」に詩を発表していますが、この仙台時代に書かれた詩が、詩集『若菜集』に結集しました。

その下宿跡は、この初恋通りをすこし進んだ右側にある塩釜神社のあたりだと思われます。神社の敷地に、「三浦屋跡地」の解説板がありました。

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三浦屋跡地には、なぜか、塩釜神社と三吉神社という二つの神社が並んで建っていました。解説板によると、三吉神社は明治以前からこの地にあったといいます。藤村も参拝したことがあったかもしれません。ただし、神社は舗装された地面に建ち、駐車場として整備されている周辺の状況から察するに、区画整理によって社殿も移築されているように見えます。

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神社から線路の方に向かって進むと、整備された広場に出ます。この広場にも、藤村ゆかりの碑がいくつかありましたので、次回紹介したいと思います。

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  • 藤村広場   1 (仙台市 宮城野区)

    Excerpt:  魯迅と同じように、島崎藤村が仙台で生活したのはわずか1年あまりでしたが、その間に作った詩は 『若菜集』 としてまとめられて出版され大反響をよびました。  日本近代詩の記念碑的作品ともいわれ.. Weblog: Anthony's CAFE  racked: 2011-11-01 17:21