江戸川乱歩の弟に宛てた書簡(2)

前回に続き、もう一通、宮尾しげをのはがきを紹介しましょう。

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前回紹介したはがきと同様、宛先は江戸川乱歩の弟である平井蒼太となっています。住所は「滋賀県甲賀郡寺庄村寺庄」、蒼太がカリエスの療養で滞在していた、妻の実家宛てに出されたものです。

昭和8年8月3日の豊島局の消印が押されています。前回の葉書が差し出されてからちょうど一ヵ月後のはがきです。

裏面を見てみましょう。

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「お手紙拝受。お話の方は当分休む事にしてます。もっとも絵とか小咄とかいふのは時と場合によりますが...」とあります。江戸の庶民文化にも造詣が深かった宮尾には、漫画だけではなく江戸小咄に関する著作もあり、平井蒼太の主催する雑誌に寄稿を頼まれたのかもしれません。

この手紙では、長い文章でなければ短い小咄や軽い漫画程度なら書きます、と言っているようにもみえます。多方面からの執筆依頼で、多忙な時期だったのでしょうか。「当分休む」というのは、体を労わってのことかもしれません。

ところで、このはがき、裏面には文面用の枠線、その枠の外には、右下に「宮尾しげを」、左には「昭和七年十月一日大東京市に編入しまして-所在地は豊島区巣鴨六丁目一二九〇番地となりました」と印刷されています。このようなはがきを印刷して利用していたことからもわかるように、相当筆まめな作家だったのでしょう。ちょうど住所表記が変わったというタイミングもあったかと思いますが、電話がわりに一言メッセージをいつでもすぐ出せるよう、このようなはがきを準備していたのかも知れません。

ここに書かれているように、1932年(昭和7年)10月1日、巣鴨町、西巣鴨町、高田町、長崎町が東京市に編入され、この四町の区域が豊島区となりました。拡大の一途をたどる東京の変遷も感じることができる興味深い一枚です。

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