山田耕筰と茅ヶ崎(2)耕筰の旧居跡を探して

先日のブログで茅ヶ崎中央公園に新しくできた「赤とんぼの碑」を紹介しましたが、山田耕筰が住んでいた場所は現在どうなっているのか、気になって調べてみました。今回は耕筰の旧居跡を実際に訪ねてみたので、紹介したいと思います。

山田耕筰が茅ヶ崎に移り住んだのは大正15(1926)年、40歳の時でした。東海道線や横須賀線の開通をきっかけに、鎌倉や大磯には明治20年代から華族や文官、実業家などが別荘を構えるようになりましたが、茅ヶ崎が別荘地として開拓されたのはやや遅れて明治30(1897)年前後のことです。明治31(1898)年に茅ヶ崎駅が開設され、ほかの地区よりも地価が安かったため別荘地化が進展、明治末には茅ヶ崎にあった別荘の数は200を越えたと言います。

さて、山田耕筰が住んでいた場所は、現在の南湖三丁目、鉄砲通りから少し外れた場所にあります。当時と現在では道路の形状が変っているようですが、図書館で見つけた『茅ヶ崎市史研究』2007年3月号掲載の論文「茅ヶ崎の別荘図」などを参考に場所を探ってみました。

10年ほど前は、辻堂方面から車で鉄砲通りを抜けようとすると、中海岸二丁目の交差点あたりから道が右に入って迂回し、また広い道路に出るようなルートだったと記憶しています。そのうち道路が整備拡張されて直線になり通行は楽になりましたが、昔の地図によれば、その迂回ルートが本来の鉄砲通りで、地元では「旧鉄砲通り」と呼ばれているそうです。この道は「六道の辻」という六叉路にぶつかりますが、この辻は前述の文献にあった明治40年の別荘地図にしっかりと記されていますので、旧鉄砲通りは別荘開拓当初からあった古い道路だと思われます。

下の写真の道が旧鉄砲通りです。

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茅ヶ崎市内のかつての別荘地の面影は、敷地の細分化や道路の拡張整備などによってその大半が失われてしまったといいますが、旧鉄砲通り一帯には、まだ当時の面影を残す松の茂った家並みが点在していました。この写真のような門も、おそらく往年の別荘の雰囲気を色濃く残したものと思われます。

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旧鉄砲通りのちょうど中間あたりでしょうか。道路に面して材木屋の敷地があり、近づいてよく見ると『「赤とんぼ」作曲の地』という控えめな看板がフェンスの内側から取り付けられていました。

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この看板の赤い矢印に従って、左手の路地を進みます。車が通れるか通れないかといったような、細い道です。

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路地を進んだ右手、材木屋の建物の裏手に、手書きの解説板が立っていました。

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書かれているのは以下のような内容です。平成18年に建てられた、ということは割と最近ですね。

童謡「赤とんぼ」作曲の地 山田耕作作曲 三木露風作詞
童謡「赤とんぼ」は昭和二年一月二十九日この地で作曲されました。
茅ヶ崎市民ボランティア団体「山田耕筰」と「赤とんぼ」を愛する会
平成十八年一月二十九日

作曲家山田耕筰は1926年(大正15)40歳の時東京より家族と共にこの地に移り住みました。トラック三台分の楽器はこの奥の大工さんの特設小屋に保管されました。「晴朗な湘南茅ヶ崎の大気その晴朗な大気と愛児らの素純。それこそは私の胸底に徒らなる永き眠りを強いられていた「歌」に朗かな暁の光を点じたのであります。(昭和二年四月三日南湖の居にて耕筰)手記より」わずか数ヶ月の間に「赤とんぼ」「この道」「砂山」「すかんぽの咲く頃」「あわて床屋」等童謡百曲を作曲しました。


この材木屋は、かつて耕筰の楽器を置くための倉庫があった場所のようです。下の支柱には、「原文考案 山田耕嗣」の文字も見えます。この解説板設立にあたっては、耕筰の息子である山田耕嗣氏が協力されたようです。

この解説板の左手には一回り小さな看板があり、ここからさらに奥に入った場所に耕筰の家があった旨が記されていました。

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「私は今、この曲集を祖国の父と母に姉と妹にそして愛するコドモに贈る。 昭和二年四月三日 茅ヶ崎南湖の居にて 耕筰」とあります。「この曲集」とは、北原白秋や野口雨情、三木露風らの詩に耕筰が曲をつけて昭和2年4月に出版した『童謡百曲集』のことで、その序文にあった一文でしょう。

この解説板には往年の風景らしきスケッチが描かれていますが、現在もほぼ変らない景色がそこにありました。スケッチと照らし合わせると、下の写真に見える左手の家のあたりが耕筰の「南湖の居」があった場所と思われます。耕筰も、この細い路地を行きつ戻りつ、曲想を練ったのでしょうか。

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キリスト教の家庭環境で育った耕筰は子供の頃から西洋音楽に親しみ、岩崎弥太郎男爵の援助でベルリンで三年間、音楽留学生として試練を受けました。そのような耕筰が日本の詩にメロディーをつけてみたい、と思うようになったのは留学先だったと言いますから、「赤とんぼ」の旋律にも、遠い異国の地で日本を思う気持ちがどこかに反映されているのかもしれません。

南湖の地には、まだ別荘地の面影も多少は残っているようです。耕筰も眺めたであろう、年を経た松などを見上げつつ、茅ヶ崎を後にしました。

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