タイタニック号沈没から100年(2)4本目の煙突はダミー!?

前回のブログに続き、タイタニック関連の切手を紹介しましょう。

これは、2012年にカナダから発行された小型シート。航行中のタイタニック号の全体像を収めたデザインです。

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背景には北大西洋の地図が描かれ、右には処女航海の出発地点であるサウザンプトン(Southampton)、左側には救難活動の拠点となったカナダのハリファックス(Halifax)、そして一本目の煙突のすぐ先あたりに、Cape Raceという文字が見えます。

このCape Raceはニューファンドランド島の南東の端にある地名で、ここの岬にあった灯台の無線局がタイタニックの遭難信号を最初に受信しました。このとき、タイタニックは無線局の南南西約400マイルの位置を航海中でした。小型シートの上部に、「41°43'32"N,49°56'49"W」という数値が見えますが、これはタイタニックが沈没した地点、すなわち北緯41度43分32秒、西経49度56分49秒を表しています。現在も、この地点にはタイタニックの船体が沈んでいます。

タイタニックから最初に発信された遭難信号は「CQD」というものです。これは、無線通信会社であるマルコーニ社によって提唱された信号で、1904年に正式に採用されました。「Come Quick, Distress(早く来てくれ、遭難した)」の略と言われています。ただし、二年後の1906年には万国無線電信会議の第一回ベルリン会議で「SOS」が採択され、以降、SOSが主流になっていきます。

タイタニック号では、最初に「CQD」を送信、その後、新しい遭難信号SOSを送信したことが記録されています。

ちなみに、タイタニック号の処女航海には、マルコーニ無線電信会社の創立者であり、無線電信の実用化に貢献したイタリア人のグリエルモ・マルコーニが婦人とともに招待されていました。マルコーニは1909年にノーベル物理学賞を受賞しています。

しかし、人の運命はわからないものです。実はマルコーニはタイタニックには乗船しませんでした。仕事の都合でタイタニック号よりも3日前にシルタニア号でイギリスを離れていたのです。また、マルコーニ婦人は息子が病気になってしまい、その看病のために乗船をあきらめたため、マルコーニ夫妻はともに災難を逃れることができました。

逆に、もともと乗船予定ではなかったものの、急遽この豪華客船に乗ることになった人たちもいたことでしょう。そういえば、レオナルド・ディカプリオ主演の「TITANIC」では、ディカプリオ演じる画家のジャックは、出港直前に友人たちとのゲームで賭けに勝ち、チケットを手に入れてタイタニックに乗船するというストーリーだったと記憶しています。

ところで、この切手、よく見ると、4本目の煙突から煙が出ていないのがわかりますか。

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実は、タイタニックの煙突のうち、ボイラーと接続されているのは前から3本目までした。最後の1本は厨房の換気や蒸気タービンの換気のために設けられたもので、4本目の煙突からは航行中に黒煙が排出されることはありませんでした。

この切手は、航行中のタイタニックの雄姿を忠実に描いた一枚と言えるでしょう。
 

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