テーマ:与謝野晶子

与謝野晶子と堺(4)ミュシャと晶子

JR阪和線堺市駅前に、与謝野晶子文芸館があるというので、足をのばしてみました。 駅を降りて、改札階と陸橋で繋がったベルマージュ堺というビルに向かいます。この弐番館に、堺市立文化館なる施設があり、ここに「与謝野晶子文芸館」「アルフォンシュ・ミュシャ館」が併設されています。 文芸館は、ビルのワンフロアとい…
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与謝野晶子と堺(3)千利休と山之口商店街

先日、堺にある与謝野晶子の生家跡とゆかりの寺を紹介しましたが、堺には他にもいろいろゆかりの場所が残されていますので紹介しておきましょう。 晶子の生家跡から徒歩数分、宿院の交差点から少し南西に入ったところに、千利休が住んでいたと伝えられている場所があります。駅前で入手した地図を頼りに、足をのばしてみました。建物の谷間にポッカリ現れる…
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与謝野晶子の歌碑を描く風景印

与謝野晶子は、明治21年、堺女学校に入学しました。この女学校、明治33年に堺市立堺高等女学校となり、明治45年に府立、昭和23年には共学となり、名称も大阪府立泉陽高等学校となり、現在に至ります。 先日、府立泉陽高校のそばにある堺材木町郵便局を訪れました。この局の風景印には、前回も紹介した、堺旧灯台のほかに、なにやら碑のようなものが…
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与謝野晶子と堺(2)

前回のブログで紹介した与謝野晶子の生家跡の碑ですが、どうやら以前は少し違う場所にあったようです。 先日入手した大谷晃一著『大阪文学散歩』(保育社 カラーブックス 昭和56年11月5日発行)を見ていると、例の晶子の生家跡の碑の写真が掲載されていました。 私が訪れた2009年12月時点では、以下のような状況でした…
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与謝野晶子と堺(1)

去る12月7日は、与謝野晶子の誕生日でした。それにちなみ、今回は先日訪れた与謝野晶子の生家跡を紹介しましょう。 晶子が生まれたのは今から130年ほど前、1878年になります。生家は、当時の堺県甲斐町46番屋敷にあった、駿河屋という菓子商でした。鳳(ほう)宗七の三女として生まれた晶子は、幼名を「志よう」といいました。したがって、本名…
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