テーマ:宮澤賢治

盛岡高等農林の絵はがき~宮澤賢治の命日にちなんで

本日、9月21日は宮澤賢治の命日です。昭和8(1933)年9月21日、宮澤賢治は37歳でこの世を去りました。それにちなんで、今日は賢治が通っていた盛岡高等農林学校の絵はがきを紹介しましょう。 これまでも、明治37年の手紙、自啓寮の絵はがき、校舎と自啓寮の絵はがきなどを紹介してきました。今回新たに紹介するのも、寄宿舎で生活していた学…
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宮澤賢治が暮らした自啓寮

本日、8月27日は宮澤賢治の誕生日です。今から117年前の明治29(1896)年8月27日、宮澤賢治は岩手県稗貫郡花巻町(現在の花巻市)に生まれました。今日はそれにちなんで、賢治が通っていた盛岡高等農林学校の絵葉書を紹介しましょう。 以前、このブログでも、盛岡高等農林の絵葉書を紹介しましたが、この絵葉書はブログが縁で、もう一通の明…
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盛岡高等農林学校の絵はがき

宮澤賢治は、大正4年(1915年)、盛岡高等農林学校(現在の岩手大学農学部)に首席で入学しました。ここで寄宿舎生活を送りながら、岩手山に登り、鉱物採集に熱中し、友人と同人誌を発行して短歌を発表するなどしています。この時期に、その後の創作活動の源が形作られたと言っても良いでしょう。 さて、宮澤賢治本人のものではありませんが、その盛岡…
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盛岡高等農林学校からの手紙

大正4年、盛岡高等農林学校の農学科第二部に合格した宮澤賢治は、故郷花巻を離れ、「自啓寮」という男子寮で学生生活を送りました。当時、入学した新入生は全員が寮に入ることが校規となっていたようです。賢治は、その寮で同室だった保坂嘉内らと謄写版刷りの同人誌「アザリア」を発行し、短歌や短編を発表していました。地学や化学に本格的に触れたのも、この時…
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宮澤賢治とエスペラント

去る9月21日は、宮澤賢治の命日でした。 賢治の故郷、花巻市を流れる北上川では、命日に上流のダムの放流調整を行い、賢治が命名した「イギリス海岸」を出現させる試みに成功したとのニュースが、新聞でも報じられていました。 私がこのイギリス海外を訪れたのはもうだいぶ昔のことになりますが、北上川は増水していて、あの独特の、ごつごつした…
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