テーマ:石川啄木

啄木と銀座

昨日、4月13日は、石川啄木が亡くなってちょうど100年目にあたる日でした。それにちなんで、啄木の歌碑がデザインされた銀座の朝日ビル内郵便局の風景印を紹介しましょう。 啄木は北海道各地を放浪した後、明治41年に上京、朝日新聞編集長であった佐藤北江氏に履歴書を送ります。佐藤北江は啄木と同じ岩手出身で、かつては岩手新聞の記者で…
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啄木と札幌(3)啄木が見た札幌の町並み

啄木が見た明治40年当時の札幌の町並みは、ビルが林立する今の光景とはまったく違うものでした。 当時の札幌がどのような町だったのか、その一端を垣間見ることができる絵はがきを紹介しましょう。 これは、建物の状況から見て、大正から昭和にかけての大通公園のようです。啄木の時代からは少しあとになりますが、明治末期も、町並みはほ…
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啄木と札幌(2)玉蜀黍(とうもろこし)のにおい

昨日(10月3日)、北海道各地で初雪が観測されたそうです。旭川市では平年より20日も早い初雪、これはなんと日本の観測史上で2番目、実に113年ぶりの早さということです。二ヶ月前に帰省した折に旭川にも足を延ばしましたが、その時は30度を超える暑さでしたから、その気温の変化に驚かされます。 すっかり秋を通り越してしまった感のある北海道…
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啄木と札幌(1)わずか二週間の滞在

札幌の大通公園と言えば、テレビ塔と噴水、そして屋台の焼きとうもろこしといったイメージでしょうか。夏はビアガーデン、冬には雪祭りのメイン会場となるのも、この大通公園です。 札幌市内の高校に通っていた私には、大通公園はちょっとしたデートコースでした。陽光に反射する噴水の飛沫を眺めていると、あの頃の淡い思い出がよみがえってきます。 …
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滝川の啄木歌碑

明治40年(1907年)12月、啄木は10月から勤めていた小樽日報を去ることになりました。その後、友人の斡旋でなんとか釧路新聞の記者として就職が決まり、単身、釧路へ発つことを決意します。 明治41年(1908年)1月19日、降りしきる雪の中、子供を背負った妻に見送られながら、啄木は単身釧路へ向かいました。この時詠んだ一首には、啄木が別…
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啄木と大逆事件

陸前高田のキャピタルホテルのエコーはがきに、啄木の歌を見つけました。 啄木の歌集『一握の砂』に収められた歌が、エコーの左下に配されています。 「いのちなき砂のかなしさよ さらさらと 握れば指のあひだより落つ」 啄木がこの歌を詠んだのは、明治43(1910)年10月のことと言われています。その半年ほど…
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啄木と薬師丸ひろ子

7月23日はふみの日。これは1979年に当時の郵政省が郵便物の利用促進を目的に定めたものです。これに対して、1986年、民営化されて間もないNTTは電話の利用促進をねらいとして、毎月19日を「トークの日」と制定しました。今日は、この当時に発売されたエコー葉書を紹介しましょう。 これは1987年4月1日にNTTが発売したエコ…
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石川啄木のフレーム切手

今年は、石川啄木が歌集『一握の砂』を刊行して100年目にあたります。それを記念して、フレーム切手が発行されましたので紹介したいと思います。 『一握の砂』は、1910年 (明治43年)に刊行された石川啄木の第一歌集です。このとき、啄木は24歳。三行書きによる独自の形式が話題となり、多くの歌人が影響を受けています。啄木より10…
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啄木と大森浜

今、北海道の実家に帰省しています。東京も猛暑日が続いていますが、北海道も例年になく暑い日が続いています。 さて、今日は北海道にちなんで、石川啄木を描いた函館の風景印を紹介しましょう。 明治38(1905)年、19歳の啄木は経済的に困窮していました。父が宗費滞納を理由に住職を罷免させられ、結婚していた啄木は、妻と両親と妹の4人…
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石川啄木と釧路

1908年1月21日、石川啄木は釧路新聞社の記者として、はじめて釧路を訪れました。 釧路郵便局の風景印には、釧路のシンボルとも言える幣舞橋とともに、啄木の歌碑が描かれています。 しらしらと氷かがやき 千鳥なく 釧路の海の冬の月かな この歌碑は、市内や釧路港を見渡せる米町公園にあります。釧路短歌会により、…
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啄木と小樽

小樽市内の高台にある小さな神社、水天宮の境内に、啄木の歌碑が建っています。 歌碑には、啄木が小樽在住時代に詠んだ一首、 かなしきは小樽の町よ 歌ふことなき人人の 声の荒さよ が刻まれています。 昨年10月、この歌碑を訪れました。 その際の訪問記とあわせて、なぜ啄木が小樽にやってきたのかを見てみま…
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