芥川が飲んだ睡眠薬を処方したのは...

昭和2年の文学界の大事件、といえば、新進気鋭の作家、芥川龍之介の自決でしょう。7月24日の未明、田端の自宅で致死量の睡眠薬を仰ぎ、そのまま息を引き取りました。この睡眠薬、実は、あの斎藤茂吉が処方したものと言われています。

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切手は、20世紀シリーズ第3集(1999年10月22日発行)の中の一枚です。芥川の代表作「羅生門」の初版本のタイトル文字と、あごに手をあてた有名な肖像写真をアレンジしています。

20世紀シリーズは、20世紀を代表するエピソードを人気投票によって選び、6~10年ごとに区切ってシートにまとめたシリーズです。一つのシートの中にさまざまなテーマの切手が混在することになり、バラで購入することも(基本的には)認められていませんでしたので、たとえば作家なら作家だけを選んで買う、ということはできませんでした。

第3集には、1914年~20年のエピソードとして、東京駅開業、第一次世界大戦、大正デモクラシー、米騒動、竹久夢二などがとりあげられています。

さて、芥川と茂吉の交流は、大正8年、当時長崎病院にいた茂吉を芥川が訪ねたところから始まりました。芥川は大正13年の「女性改造」4月号で「僕の詩歌に対する眼は誰のお世話になったものでもない。斎藤茂吉にあけて貰つたのである。」と述べています。茂吉を高く評価していた芥川は、また、医者と患者という関係でも茂吉と接していました。

青山脳病院に勤務していた茂吉は、大正15年から昭和2年にかけて、不眠症に悩んでいた芥川の来診を受けていたことが、書簡などからわかっています。茂吉から芥川に宛てた書簡に、ドイツのバイエル社の「ベロナール (Veronal)」とそロッシュ社の「ヌマール」を送るので試してみて欲しい、交互に服用すれば習慣にならずに良い、などと書かれています。睡眠薬の処方には気をつかっていたようですね。

芥川が自決の際に服用した睡眠薬は、その「ベロナール」でした。自らが処方した睡眠薬によって、天才作家が命を絶つ、というのは茂吉にとって辛いことだったに違いありません。

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  • 芥川の命日「河童忌」

    Excerpt: 昨日、7月24日は、芥川龍之介の命日「河童忌」でした。 Weblog: 切手と文学 racked: 2010-07-25 15:12
  • 斎藤茂吉展を見てきました

    Excerpt: 神奈川近代文学館で開催中の「茂吉再生 -生誕130年記念斎藤茂吉展-」を見てきました。 Weblog: 切手と文学 racked: 2012-06-01 08:09