小泉八雲と「かきつばた」

前回、小泉八雲没後100年にあわせて発行された文化人切手を紹介しましたが、今回は、同じく没後100年を記念して使われた小型印を紹介しましょう。

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これは、八雲が暮らした松江で、平成16年に使われていた小型印です。小型印の日付「9月26日」は、八雲の命日です。

ちょうど没後100年目にあたる2004年9月26日時点では、残念ながら文化人切手は発行されていませんでしたので、押印用の切手には、島根のふるさと切手「出雲の阿国と出雲大社」(1994年5月2日発行)を使っています。

八雲は、松江から七時間半の道のりだった出雲大社へ二度参詣しています。八雲は外国人として初めて本殿昇殿を許され、神道の本質を体験的に学んだといわれています。

小型印の図案の肖像は、おなじみの右から見た横顔の写真をもとにデザインしたものです。16歳のときに、ジャイアントストライドという遊具の事故で左目を失明してしまった八雲は、写真を撮られるときには常に横を向いて、左目が写るのを避けていたようです。

謡曲「カキツバタ」とありますが、八雲は著作の中で、この謡曲を怪談として紹介しています。
話の筋は、以下のようなものです。

むかし、松江に普門院(観月庵)という古寺がありました。近くにある小豆とぎ橋を、「杜若(かきつばた)」を謡いながら歩くとよくないことが起こるという言い伝えがありました。
ある日のこと、一人の侍がその杜若を謡いながら小豆とぎ橋を渡り、家に戻ると門の前に美しい女が立っています。
女は侍に文箱を差しだし、消えてしまいました。
侍が不審に思い文箱を開けてみると、中には幼いわが子の生首が。あわてて屋敷に飛び込んだ侍が目にしたのは、首の無いわが子の姿だった、というものです。

この話に出てくる謡曲「かきつばた」は、世阿弥の作と言われています。『伊勢物語』に登場する有名な場面、在原業平が三河(愛知県)の八橋で「か」「き」「つ」「ば」「た」の五文字を頭につけた和歌を詠んだエピソードを下敷きにしたものです。

ちなみに、かきつばたの歌とは、
か 唐衣(からころも)
き 着つつ馴れにし
つ 妻しあれば、
ば はるばる来ぬる
た 旅をしぞ思う

というもの。

その謡曲「かきつばた」は、こんな話です。

三河を通りかかった旅の僧が、美しく咲いたかきつばたに見とれていると、目の前に女性が現れ、自分の庵に僧をいざないます。やがて女は僧の前に冠と唐衣という姿で現れ、自分はかきつばたの精であると名乗ります。業平が詠んでくれた歌のおかげで成仏できたといいながら、女は優雅に舞いながら消えてしまいます。


小型印に小さく描かれたかきつばたも、こうした背景をもとに眺めてみると、なんだか神秘的に見えてきますね。

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