島崎藤村の旧居探訪 大磯編(1)

島崎藤村は、晩年を大磯で過ごしました。この旧居は、現在も残されており、自由に見学することができます。私の家がある藤沢からも比較的近いのですが、このたびようやく見学してきましたので紹介したいと思います。

昭和16年(1941)1月14日、藤村は初めて大磯にやってきました。休養のため湯河原を訪れる途中、知人の天明愛吉や菊池重三郎に誘われて、郷土行事である左義長の見物に立ち寄ったのです。いまでも、正月飾りを集めて火をつける左義長(私の故郷である北海道では「どんど焼き」と言っていました)は各地で行なわれていますが、ここ大磯の左義長は、国の重要無形民俗文化財に指定されている由緒あるものです。
http://www11.ocn.ne.jp/~oiso/05sagicyou-report.htm

さて、藤村は大磯の温暖な気候をたいへん気に入り、翌月には、当時住んでいた東京麹町から移り住んで、亡くなるまで2年半、この家で暮らしました。この家は町屋園と呼ばれた貸別荘住宅の一軒で、関東大震災後、昭和初期に建てられたものと言われています。

JR大磯駅を降りて、線路沿いに歩くこと10分ほど、閑静な住宅地の中に、この藤村の旧居があります。途中に一箇所、藤村邸まで300メートルという表示が立っていますが、他に目立つ案内表示は見当たりません。

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線路脇の道をすすみ、振り返ったところ。左手がJR東海道線の線路、右がパン屋。このパン屋と不動産屋の間の細い道を曲がります。せまい道なので、車が通るのはちょっと難しそうです。藤村も、この道を往復したのでしょうか。

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この細い道を50メートルほど進んだ左手が旧藤村邸。

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この左手の塀が旧藤村邸。勝手口の戸が見えます。塀もそれほど高くないので、背伸びをすれば中が覗けそうです。

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正門から見ると、門の脇に大きな木がそびえ、平屋の母屋を守っているように見えます。

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門の左手の塀に解説板が立っています。

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入り口の門の上には、草が茂っています。非常に低い門なので頭をぶつけそうになります。

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開場時間は9時から16時、休場日は、月曜日と年末年始(12月29日~1月3日)と、看板に手書きで記されています。入場は無料、散歩がてら、近所の人たちがふらっと立ち寄ったりもできそうです。

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建物の保護のため、内部に上がることはできませんが、書斎などは外から眺めることができます。建物内部と庭については、次回紹介しましょう。

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  • 白旗神社の左義長

    Excerpt: いよいよ一月も最終日、あっという間の一ヶ月でした。少し遅くなってしまいましたが、一月の正月関連行事を一つ、紹介したいと思います。 Weblog: 切手と文学 racked: 2012-01-31 05:28