斎藤茂吉の墓探訪

先日の日曜、乃木坂の乃木神社で行われた友人の結婚式に出席しました。披露宴は神社のそばの乃木会館。その後、原宿のレストランで開かれる二次会まで、たっぷり二時間ほど時間がありました。特に急ぐ必要もないだろうと、思い切って乃木坂から原宿まで歩くことにしました。

途中、青山霊園の中を抜けるのですが、ここには著名人の墓がいろいろあったはず、と案内板を確認。中に、斎藤茂吉の墓の場所が記されているのを見つけました。

結婚式のあとに墓参り、というのも縁起でもない、と見る向きもあるかと思いますが、他に時間をつぶすような場所もなく、せっかくなので茂吉の墓に参拝することにしました。

これが茂吉の墓です。比較的広い敷地の一番奥に、「茂吉之墓」と刻んだ低い墓石が立っていました。割と新しい、白いゆりの花が供えてあるのを見ると、定期的にお参りされている方がいらっしゃるようです。

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墓石の裏面には、「昭和二十八年二月二十五日没」と刻まれています。

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一番左が茂吉の墓、真ん中に見える横長の四角い墓石には、「齊藤家之墓」と横書きされています。こちらは家族の墓のようです。

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右脇には、「齊藤茂吉」「齊藤てる子」「齊藤茂太」の三名と、それぞれの没年を刻んだ墓標がありました。茂吉は70歳、妻のてる子さんは89歳で亡くなっています。

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てる子さんは、茂吉が養子に入った病院の院長、斎藤紀一氏の次女でした。大正3年に茂吉と結婚し、昭和28年に茂吉が亡くなったあと、世界各地を旅行。79歳にして南極に出かけるなど、そのバイタリティは驚異的だったと言います。没年は昭和59年、茂吉亡きあと、30年にわたって活躍していたことになります。

ちなみに、茂吉の墓のすぐ脇には、大久保利通の墓が、一段高くなった台座の上にそびえています。鳥居が建ち、墓石は亀の上に乗ったデザイン。こちらには、きちんと解説板が立ち、東京都指定の旧跡として保護されているようです。

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青山霊園は、明治5年、郡上藩青山家の下屋敷があった場所を整備して墓地としたものです。明治時代、青山一帯は草や畑などの緑に覆われていたと言います。茂吉が院長を勤めていた青山脳病院も、この青山霊園のすぐ近くでした。青山霊園には、他にも、志賀直哉、尾崎紅葉、乃木希典、岡本綺堂、吉田茂、後藤新平など、文化人や政治家の墓が多数点在しています。同じような墓石が続く中から、これら著名人の墓を探し出すのはちょっと骨が折れますが、墓参りをきっかけに、偉人たちの足跡をたどってみるのも、また楽しいものです。

下は、霊園の中の十字路にある案内板とその地図部分の拡大です。

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