正岡子規と風呂吹き大根

本日、9月19日は、歌人・俳人の正岡子規の命日です。子規がわずか34歳の短い生涯を終えたのは、1902年(明治35年)のことでした。子規は晩年、脊椎カリエスの激痛に耐えながら根岸にあった自宅で3年ほど寝たきりの生活を送りました。その自宅は震災で焼失してしまいましたが、後に復元され、現在「子規庵」として一般に公開されています。今回は、その子規庵にちなんだ風景印を紹介しましょう。

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正岡子規はこれまで5回、切手に登場しています。正確には、子規の姿を描いたものが3種、子規の俳句をデザインしたものが2種あります。上で紹介した切手は、2002年11月5日に発行された文化人切手の一枚。病床を訪れた友人たちに囲まれて撮影した集合写真の中の子規をトリミングしてアレンジしたものです。

子規の自宅の庭には、書斎の外に隣接するようにして糸瓜(へちま)の棚が設えてあり、病床からはガラス戸ごしに糸瓜がよく見えました。その光景は多くの俳句や随筆に残されています。子規が死の直前に認め、絶句となった三つの俳句にも、やはり糸瓜が登場します。

「糸瓜咲て痰のつまりし仏かな」
「痰一斗糸瓜の水も間にあはず」
「をとゝひのへちまの水も取らざりき」

このことから、子規の命日は「糸瓜忌(へちまき)」と呼ばれるようになりました。

さて、切手に押印されている風景印は、台東根岸ニ局のものです。この郵便局は子規庵からも歩いてすぐの場所にあります。

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風景印には、子規庵の糸瓜棚からぶら下がる立派な糸瓜と、子規の句「雀より鶯多き根岸かな」、そして子規庵の向かいにある書道博物館が描かれています。よく見ると、「子規庵」「書道博物館」の文字は右書き、局名も勘亭流風な書体となっており、文芸の香りのするデザインとなっています。

ちなみに、封筒の左側にあるのは、平成17年12月18日に子規庵で開催された蕪村忌の際に現地を訪問して押した記念スタンプで、子規が晩年を過ごした書斎の窓からの景色をデザインしたものです。ガラス戸の向こうに、うっすらと糸瓜がぶら下がっているのがわかるでしょうか。

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子規は生前、敬愛していた与謝蕪村を偲び、その忌日である12月25日前後に友人たちを集めて蕪村忌を開催していました。蕪村は、子規によってその評価が高まったとも言えます。旧派の俳人たちが芭蕉忌を盛大に行なっていることに対抗する意図もあったようです。

現在も、子規庵では、毎年12月末に蕪村忌にちなんだイベントが企画されています。私が訪問した際には、風呂吹き大根が無料で振舞われていました。これは子規の生前に開かれていた蕪村忌でも、同様に風呂吹き大根が弟子や訪問客に振舞われていたことにちなむそうです。

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