上海の魯迅記念館を訪ねて(3)魯迅の墓に参拝

魯迅公園の一角には魯迅の墓があります。記念館からは少し離れているのですが、せっかくなので訪れてきました。公園の中ほどに、植え込みをシンメトリーに刈り込んだ西洋風の庭園のような空間があります。その中心で魯迅の座像が台座に乗ってこちらを見つめているので、すぐそれとわかりました。

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台座には、魯迅の生年と没年(1881-1936)が見えます。

座像のそばには行けませんが、正面手前にはプレートが置かれてあり、
「全国重点文物保護単位
     魯迅墓
中華人民共和国国務院
一九六一年三月四日公布
上海市人民委員会立」
とありました。

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魯迅が亡くなったのは1936年ですので、この墓が重要な文化財として指定を受けたのは死後25年経ってからということになります。以前このブログで、魯迅生誕80年を記念して発行された切手を紹介しましたが(http://ikezawa.at.webry.info/201108/article_12.html)1961年というのはちょうど魯迅生誕80年にあたる年でもありました。

座像の後方には二本の大きな樹木に守られるようにして、石の壁が見えます。

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壁には、「魯迅先生之墓」と金色の文字で刻まれていました。この石壁が墓石なのでしょうか。近づくと、壁の下に棺桶状の石が横たわっていました。この下に魯迅が眠っているということでしょう。日本人がイメージする墓石とは、また違ったスタイルです。

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これが中国の一般的なお墓の形態なのかどうかはわかりませんが、ゆったりとした墓域からは、魯迅が中国でも
大切に扱われていることが見て取れます。

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墓石の両側には藤棚が設えてあり、棚の下で休んでいる人がちらほら。藤の花が咲く時期には墓域全体が華やかに彩られることでしょう。

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両側に立つ二本の巨木はモクレン科の泰山木(たいさんぼく)のようです。木の根元に、泰山木の学名(Magnolia grandiflora)を記したプレートがありました。中国語名は、広玉蘭と表記するようです。「古樹名木保護牌」とあるので、いわゆる名木100選といったような保護対象となっているようです。

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落ちていた葉を拾い上げてみると、硬く光沢があり、一枚一枚がその存在感を主張しているようでした。原産地は北米ですが、明治初期に日本にも輸入され、街路樹や公園などでも見かけることがあります。香水の原料にもなる乳白色の花が咲くそうですが、この時は花は見られませんでした。

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座像の後ろに覆いかぶさるようにして、サッカースタジアムが迫っているのが見えます。このスタジアムは、もともとあった虹口体育場を改築する形で1999年に完成したものです。魯迅は日々変わり行く上海の街を、どのように見つめているのでしょうか。

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墓の前に掲げられた注意書きに、墓域での集会禁止、果物の皮を捨ててはいけない、痰を吐いてはいけない、などとあるのが中国らしいですね。

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あまりの暑さに、スタジアムの傍にあった味千ラーメンに入り、缶ビールを一杯、喉に流し込みました。中国でも一番搾りのパッケージは日本とほぼ一緒です。

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今回は時間の関係でまわることができませんでしたが、公園の近隣には魯迅がかつて暮らしていた住居なども残されているようですので、いずれ訪問したいと思っています。

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