テーマ:松山

松山の絵はがき~糸瓜忌にちなんで

本日、9月19日は正岡子規の命日、糸瓜忌です。 1902年(明治35年)9月19日、正岡子規はわずか35歳で世を去りました。それにちなんで、正岡子規の故郷、松山の歴史を感じさせる絵葉書を2点、紹介しましょう。 まずは、松山城の遠望写真をデザインした戦前の絵はがきです。 キャプションには右書きで「道後名勝 道後公園より…
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松山子規記念博物館のエコーはがき

正岡子規のふるさと松山には、子規の生涯をたどることができる子規記念博物館があります。今回は、この博物館をデザインしたエコーはがきを紹介しましょう。 松山市立子規記念博物館は1981年4月2日に開館しましたが、エコーはがきの発行は1984(昭和59)年11月1日です。発行初日の松山中央局の消印が押されています。 この博…
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『坊っちゃん』とターナー島

小説『坊っちゃん』には、新任教師の主人公が同僚教師たちに誘われ、舟釣りに出かける場面があります。その中で、「松と石ばかりの青島」として登場するのが、愛媛の高浜に実在する四十島だと言われています。 昨日紹介した絵はがき「松山道後名勝十六景」から、その四十島をとりあげた一枚を紹介しましょう。 明治25年5月1日、伊予鉄道…
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道後温泉の女湯

先日のブログで、漱石も足しげく通った道後温泉の男湯の絵はがきを紹介しましたが(http://ikezawa.at.webry.info/201108/article_10.html)、手元のコレクションを整理していたら、「松山道後名勝十六景」という絵はがきセットを見つけました。その中の一枚に、女湯の絵はがきもあったので紹介しましょう。 …
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漱石の入浴シーン?道後温泉の絵はがき

 明治28年4月、夏目漱石は愛媛県松山尋常中学校の英語教師として松山に赴任し、翌年熊本に移るまでの一年をこの城下町で過ごしました。明治39年に「ホトトギス」誌上に発表された小説『坊っちゃん』は、この時の教師体験を下敷きとしたものです。松山の道後温泉には漱石もたびたび通ったことでしょう。小説にも、主人公が温泉に入るシーンが登場します。 …
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松山と正岡子規

今日から二日間、横浜産貿ホール・マリネリア1階にて、サマーペックスが開催されます。 http://yushu.or.jp/event/summerpex10/index.html 昨年に引き続き、JUNEXの審査委員長を拝命したため、今回は審査員出品として『正岡子規の世界』を出品しています。 数年前のスタンプショウのオ…
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松山の「愚陀仏庵」がもとあった場所

先日、土砂に流されて全壊した、松山の愚陀仏庵。ブログにも書きましたが、全壊したのは、もともとあった場所から少し離れた山の中腹に復元された建物でした。 http://ikezawa.at.webry.info/201007/article_7.html 元来、愚陀仏庵は、もっと市街地に位置する場所にありました。6年前に松山を取…
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松山の愚陀仏庵が全壊

先日12日、松山にある「愚陀仏庵」が全壊したそうです。 http://www.asahi.com/national/update/0712/OSK201007120156.html 豪雨で裏山の土砂が崩れ、建物全体が流されたとか。 漱石が暮らした当時の建物は戦災で失われ、再建された建物ではありますが、漱石と子規が交流し…
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